うちの鬼嫁はなにかとポップアップストアの情報をトレースし、
ポップアップストアへの訪問を欠かさない。
ポップアップストアに行くときのエリカのテンションはポップにアップしている一方、
ポップアップストアに対して意識が低い私は日々、
エリカにポップにディスられ続けている。
いや、そこはポップではなかった。
「そんなことも知らないの?」と、
普通にディスられている。
先日もドライブ中に鬼嫁の気に入らないことが発生し、
「クソやろう。」
「このうんこ!」
と罵られ、
スルーしていると
「道端のうんこ!!!」
とウンコ三段落としで存在を否定されたところだ。
「道端うんこ」であれば、
道端アンジェリカのような雰囲気で
うんこ界のモデル的存在かとポジティブに捉えることもできるが、
残念ながら道端のうんこだ。
ちなみに、ポップアップストアとは以下の通り。
"ポップアップ・ストア(Pop-up Store)は空き店舗などに突然出店し(ポップアップ)、一定期間で突然消えてしまう店舗のこと。"
(Wikipediaより引用)
私の給料も常にポップアップしている(一定期間で突然消えてしまう)ことは言わずもがなである。
無類の服好きであるエリカは常にファッショントレンドを追いかけている。
かつては「このお店、東京にしか(ポップアップして)ないから!!」と、
出張中に買い物を命じられたこともあった。
仕事中にポップアップストアに行く私のテンションは決してポップではなかった。
更に、その日の帰りの新幹線におつかいの紙袋を置き忘れ、
せっかく買った目的物までもポップアップさせてしまったときの
エリカの怒りは凄まじかった。
だって、日帰り出張で疲れてますから。。
とはいえ、鬼嫁のポップアップストアへの熱量はすごい。
数多の雑誌とインターネットの情報からポップアップストアの情報をかき集め、
夫婦共有のスケジュールアプリにもあらゆるポップアップストアの
出店スケジュールが書き込まれる程である。
私も含めて世の中の男性諸君はあまりポップアップストアという
言葉に耳が慣れていない人も多いはずだが、
都会ではあらゆるところにストアがポップアップしているのである。
そしてそのポップアップしているストアにうちの鬼嫁も
日夜ポップアップしにいっているのだ。
ふと、そんなことを考えていると閃いたことがある。
よく考えてみるとそもそも世の中は全てポップアップではないか、
という事実。
この世のものは常に変化するものであり、
一瞬といえども存在は同一性を保てないという
諸行無常の理をポップアップストアはその自らの存在を持って
驚くほど自然に表現している。
そして、一見、いつも百貨店の中に存在しているお店でも、
並べられる商品、働いている人、お客、会社の売上利益、
その中身はポップアップしているのだ。
つまりポップアップストアは都会人に仏教的真理を啓蒙しているのであり、
そのポップアップストアを追いかけて続けているエリカは
諸行無常の理を体感し続けているということになる。
ということは、ポップアップストアに通い続けるうちにエリカは
煩悩から解放される時がくるのではないか?
一方で、唯一ポップアップしないものが一つある。
それは、鬼嫁への愛。
うちの鬼嫁ハンパねぇ